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探さないで下さい

ここに説明を入力したいと思います

MY BRO FROM SCUM HELL

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自分は飲んでる時にガチャガチャと一方的に話してくるような人は女だろうが男だろうが気に入らない。

今まできちんと考えた事なかったけど、相手の共感を得るために会話するという行為をたぶん自分は望まないのかもしれない。もともと言葉なんて交わさずに共感できることが目の前にあって、体験した後その余韻を共有するために反省会をしているのだろう。

 

とにかくここ数年は仕上げるためにライブ前に飲んだり、反省会と称してライブ後に何故かよく飲んだけど、自分が行く場は特に明確な目的がなければ特に何かペチャクチャ話す訳ではなく、ただ酔うために酒を飲む。自分が良くつるんでいた研究員や、今も行っているおやホロの現場はそういう人が多い気がする。

 

ナッツさんもそんな言葉を交わさずとも共感できる稀有な仲間の一人だ。

 

もともとナッツさんが何者なのか知らない。今もわからない。それまで本名どころか職業も住んでいる場所も明確に教えてくれなかったし、知ろうとはしなかった。でもそれで全くもって問題はなかった。俺らは箱で会い、酒を酌み交わす。そこに余計な言葉は必要ない。それこそ二年も経たない仲だったけど、一瞬で莫逆の友になったしそのあいだ最高に楽しい時間を過ごせたと思う。今だってそこに思い残しは1ミリもない。

 

それはまさしく自分が学生の時からいちばん好きな小説「一夢庵風流記」のエピソードの一つ「そもそも友とは何かを語るものかね」というフレーズに集約されていると思う。

 

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ナッツさんからその病状を聞かされたのは去年の4月にあったHMV渋谷RecordShopで行われたおやホロアルバムリリースイベントの時だったと思う。イベント後本人からごく一部の人に伝えられたそうだ。

正確には自分はその場には居られなくて、後で3ちゃんにLINEで教えられた。伝えられたその病名は自分にとっては絶望的な類いのものだったし、それを聞いて動揺でしばらく動けなくなったのを憶えている。


どうにもすぐにでも入院が必要で、ベットが空くのを待っている状態と。もしかしたらもう会えないのかもというちょっとした絶望感すらあった。でもベットがなかなか空かなかったらしく、その数日後六本木CUBEで行われたBPM15Qとの2マンのライブにもナッツさんは来てくれた。すでに相当体も辛いだろうに、駅からあの距離を歩いて来たのだからそれだけでなんだか泣きたくなって来た。でもこの時点でナッツさんの病状を知っているのは数名しかいない。

 

しんどそうなナッツさんをステージ脇の椅子に誘導して座ってもらい、あまり野暮なことは聞かない自分でも思わず病状の進行状況を聞いてしまった。そこで聞いた内容が本当に絶望的で、おやホロで盛り上がる客の後ろで暗がりに頼って柄にもなく涙を流したし、柄にもなくナッツさんをリフトした。イベントの最後にみんなで撮った記念写真は本当に大切な一枚になった。

その後反省会で六本木の赤札屋に行った。その時もいつも通りの何も語らない下らない飲みだったけど心は充実するものだった。病状からしたら決して酒を飲んでは良い状況ではなかったナッツさんだったが、いまさら止められないし飲みの場で事情を知らない人も多かったから何も言えなかった。帰りの深夜バスで永田さんと涙ながら語り合った。

 

その後の昭和の日にやった新宿marzでのライブにも行くという話になった。いまでも何故なのか自分でもわからないが、その日のやきとり金の蔵での前飲みに休日だったこともあり自分の息子を連れて行った。後からやってきて隣に座ったナッツさんに全く目を合わせない我が息子が当たり前に面白かった。ものすごく怖そうな人に会って、場末の地下のライブハウス(多分今までライブハウス自体行ったことはないと思う)に連れて行かれて、見たこともない地下アイドルのライブを見させられて、息子は何があったのか未だに記憶の整理がついていないと思う。

 

そしてしばらくしてナッツさんは入院した。

 

すぐにみんなで見舞いに行こうという話になって、突然決まったのに10人くらい集まって板橋はずれの病院に集まった。そこでもナッツさんは病室にまで来てもらいたくなかったのか、病院の外に出てくれて何時間も談笑した。といってもいつもと同じようにあまり語らず。そのあと時間が空いてるメンツで池袋に戻って飲みに行ったが本当に葬式の帰りみたいだった雰囲気を覚えている。

 

そしてナッツさんがいないおやすみホログラム2ndワンマンがo-nestで行われ、その場で3rdワンマンが恵比寿LiquidRoomで行われることがハハノシキュウさんのフロウにより発表される。おそらく病床からのナッツさんのツイートに思わず脊髄反射してしまう。

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こんなことリプするの絶対反則なんだけど、自分には止められなかった。

 

その後何回か病院に見舞いに行ったけど、毎回外に出て来てもらうのも辛そうだし自然と自重するようになってくる。そして、ナッツさんは退院した。

 

退院したあと、八月ちゃん生誕、カナミル生誕とおやホロにとっては大きなイベントがあり、進んで参加して楽しんでいたように思える。その時ですらナッツさんの病状を知らない人が多かったのではないだろうか。あまり無粋なことは聞けないからわからなかったけど、ライブも来てたし見た感じ分からないから、自分ですら実はかなり快方に向かっているのではないだろうか、という錯覚までした。

 

しかし後から考えると相当病状が進んでいたのだろう。会っている時にはそんなそぶりなんて一切見せず、誰の世話も借りず。何て水臭い男なんだろう。

 

そして11月の暮れ、またナッツさんは入院した。

 

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インターネットとは残酷なもので、未だにナッツさんのツイートや色々やりとりしたLINEの履歴が残っている。それらは僕らの思い出を補完するのに充分なもので、訃報をうけた後も何度も見返してしまう。

 

でも僕らは文字に残っていないもっと大切なものがあったはずだ。それが何なのか忘れないようにこれからも生きていきたい。